序章 ランドセルや靴などトラック1台プロジェクト

2011年3月11日
東日本大震災
2011年3月16日
岩手県陸前高田市在住、大船渡市小学校教諭 小笠原ちとせさん(玉川大学児童専修課程2期)より無事を知らせるメールが届く。
2011年3月22日
彼女の避難先である末崎小学校(250人)はじめ、末崎中学校(180)、気仙小学校(90)、気仙中学校(90)などでも、店も流されこどもたちの新学期の準備ができないというメールが。 そこで、「玉川大学児童専修課程」各期の代表が、地元などに声掛けをして、こどもたちへ文房具(鉛筆、消しゴム、定規、ノート等)、を集めはじまる。
支援物資
[子どもたちのためにたくさんの物資が集まる]
2011年3月23日
地域のたくさんの人々の協力があり、各地で支援物資が集まる。手紙が添えられているものなど、どの物資にも被災地への想いが詰まっている。
とにかく集まったものを、各地よりすぐ送ってあげようということになった。・・・しかし、通常の輸送ルートまだ復旧できす「 郵便局留めで荷物が送れるらしい」だとか「○○○運輸も港までは届くらしい」など、 みんなで情報を交換しあう。
2011年3月24日
物資を提供したいという人の願いは、ますます集まり、各地での量もふえてきた。 局留めでの輸送は徐々に再開し始めていたが、とりにいかねばならない被災地のみなさんの負担が大きすぎることで、 思い切ってトラックで運んでくれる人を探す。 玉川大学児童専修課程卒業生に声掛けをして、トラックの輸送資金を集める。
2011年3月26日
ようやっとトラック(2.7トン)をチャーター。現地までいってくれるというドライバーさんも見つかる。 輸送資金も卒業生から、十分すぎるほど集まる。 量も運べるようになったので、さらにランドセルやスニーカーなども大量に集まり始める。
支援物資
[ランドセルやスニーカーなどもたくさん]
2011年3月27日
荷積みは31日の朝9時に決定。 みんなの温かい思いの詰まったダンボールの荷物が届けられることに!
2011年3月30日
できるだけ被災地の人々に負担をかけないよう、すべての物資を一度都内に集めて、実行委員が仕分け作業。
2011年3月31日
トラック1台にダンボール100箱以上の荷物を積んで、子どもたちの元へ出発。
支援物資
[各地から集まった物資100箱以上がトラックに積まれました]
支援物資
[仕分けから荷積みまで大変でしたが充実感いっぱい]
支援物資
[子どもたちのもとへトラック出発!]

▼現地からのメール▼
この度は、たくさんの支援物資、本当にありがとうございました。
皆さんの温かい気持ちが、たくさんつまっているんだなあと、心が温かくなりました。 皆さんの被災した人たちに、何かをしてあげたい!と考えていただけたことに、心から感謝いたします。 全部で百箱以上の支援物資に、たまげて腰を抜かしそうになりましたが、地域の方々から、「ありがとね。助かるね。」と言われ、被災したみんなの疲れた身体に力をいただいたんだなあと思いました。
私たちの住んでいた街、陸前高田市は、全てが流され、跡形もなくなりました。店もなく買いにも行けません。買うお金を流された人もいます。そんななかの皆さんからの支援物資は、大変助かりました。本当にありがとうございました。 感謝、感謝です。 岩手の陸前高田市や大船渡市の子どもたちのために、やさしい思いを届けていただき、本当にありがとうございました。
架設住宅の建設が始まったり、貸家住まいですが、すむ家が決まったりと、着々と未来に向かって歩み始めました。 岩手、そして東北は、これからが本当の勝負どころかもしれません。 皆さんの応援に支えられながら、しっかりと歩んで行きます。 本当に、本当にありがとうございました。
2011/04/08

2011年7月14日
玉川大学児童専修課程卒業生から集めた輸送資金の残りは、お見舞い金として今回の震災で被害にあわれた卒業生に平等に送金。 ・・・その残金を元に、児童専修の卒業生が中心となって、被災地の子どもたちを継続して支援してゆくために「児童夢基金」を発足。